松浦弥太郎さんは、めんどくさいという言葉を使うことはよくないと主張していました。
確かに、口癖のようにめんどくさいと言っている人がいたら士気が下がりますし、好感は持たれづらいでしょう。
ただ、自分の中でめんどくさいという気持ちをキャッチしてあげることは、わたしはすごーく大切なことなんだと思うのです。
その理由は、以下の通り。
急にめんどくさくなった時って、何かのサインだから
今まではめんどくさいって思わなかったのに、急に億劫になる。
それって、何かのサインであることが多いです。
例えば、うつ病とまではいかなくても、精神的や肉体的に疲労しているサイン。
自分の心身エネルギーがちょっとキャパオーバーになっている。
めんどくさい時は、休養してみることのチャンスなんです。
休めばまたやる気が出てくること、案外あると思うんですよねー。
例えば、水泳とピアノのレッスンをしていて、ピアノがとっても楽しくなった時。
水泳に行く時間もピアノに注ぎ込みたいと思った時、水泳は億劫になると思うんです。
飲み会だってそう、飲み会する暇があったら親しい友達とご飯を食べたいと思っていたら、飲み会は億劫でしょう。
今自分が一番使いたいものに時間を使っていない時、人はめんどくさいと感じます。
勉強をしなければいけない…という、ぼんやりとした目標だと、何をすれば以下具体的にわからないので、めんどくささのみを感じることが多いです。
ぼんやりとした目標を行動リストに変換すること。
勉強をする…じゃなくて、数学のテキストのp10-12を解いてみる…などと、具体的なタスクにした方が、ぐっと楽になります。
自分でそのタスクに分けられないならば、塾に通うなど、受動的にタスクを作ってくれる場所に行くことが有効だと思います。
掃除もめんどくさいなぁと思いますが、掃除じゃなくて、机の上を拭こう!と、単純で簡単なタスクに分割すると、案外簡単にできるものです。
以上、めんどくさいという気持ちにフォーカスして考えてみました。
今日は億劫で外に出られないのですが、それは後期つわりでちょっと体調が優れないサインなんだろうな。
元気だったらきっと出る、昨日だってそうだったもの。
だから、自分を責めないでソファーでゆっくりします。