木馬の時間

ブログタイトルは俵万智さんの大好きな歌から。ゆっくり、前に後ろに。

私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ 遙洋子

 

私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ (単行本)

私はこうしてストーカーに殺されずにすんだ (単行本)

 

 

 

遙さんのご実家に来るストーカーに対し、はっきりした対応をできない家族に対し憤るシーンがあります。
すごく、これ、ありうると思うんです。

心理学的には、正常性バイアスとでも言える状況でしょうか。

自然災害や火事、事故、事件などといった自分にとって何らかの被害が予想される状況下にあっても、それを正常な日常生活の延長上の出来事として捉えてしまい[2]、都合の悪い情報を無視したり、「自分は大丈夫」「今回は大丈夫」「まだ大丈夫」などと過小評価するなどして、逃げ遅れの原因となる[3][2][4]。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/正常性バイアス

この正常性バイアスという心の働きを置いておくとしても、自分が被害者で相手が加害者だと訴えることって勇気がいるし、自分が主体的にアクションしなければいけないことです。
明らかにひどいセクハラで苦しんでいる友達に、相談窓口を勧めたけれど行かなかったように。
その時我慢していればなんとかなる。
自分からアクションして更に嫌な状況になるよりは、このまま耐えた方がマシ。
きっとご家族は、来訪者の存在にショックを受け、主体的に立ち向かうだけのエネルギーがなかったんじゃないかなぁ。

護ってくれない身内に、きっと遙さんは傷ついたんだろうと思います。
ただ、ご家族もきっと動けない精神状態だったんだろうと考えると気の毒に感じます。

本全体を通じて、遙さんの強さが感じられました。
警察相手に戦う強さ、職場で自分を護るネットワークを構築し、時に自ら立ち向かう強さ。

そんな強さを以ってしても、ストーカー規制法が出来た後の警察の対応や、加害者に対する学者の研究に無力感を書いています。
今の日本において、被害者となってしまった人が安心できる社会システムはまだ構築されていないのです。
その上で、ご自身の経験から編み出した、"ストーカーに殺されない方法"の提言をされています。
これが、すごく具体的で興味深かったです。

芸能界という場所で、有名税ということばで人権侵害を容認されている現状にも胸が痛みました。
また、システムがダメだとしてもその中に親身になってくれる刑事さんがいたように、個人に希望を描いていたのも、興味深かったです。

人付き合いにおける違和感を大切にし、リスク回避を行うこと。
また、公的機関を頼る時、一度ダメだとしても何度も行き、味方を作ること。

そんなことが胸に残りました。