木馬の時間

ブログタイトルは俵万智さんの大好きな歌から。ゆっくり、前に後ろに。

不倫はなぜ辛いか

最近考えていたことです。

 

男女においての関係性って、いくつかの領域があります。

誰か既に提唱しているかも、でも私なりに考えたことです。

 

①身体的距離の領域

知らないもの同士はすれ違い程度しかないのが、深まると隣に座って食事をすることがある。

更に親しくなると、スキンシップをするようになり距離がなくなり、セックスをして一体化する。

②社会的距離の領域

知らないもの同士は関係性の名称はなく、他者からの認知もない。

近づくと"友達"という名称がつき、第三者との会話で"友達がね"と、認知される。

更に近づくと恋人になり、同棲という形で一緒に住んだり、二人でセックスをすることも社会的に理解されるようになる。

そして、夫婦の領域になると、結婚届けを出して公的に夫婦だと認められ、結婚式などを経て家族友人にも認められる。

心理的距離の領域

お互い知らないもの同士はパーソナルな話題は出さないが、関係が深まるにつれて、自分のより内面の話をするようになる。

 

この三つって、普通の関係性だと三つの進度が一致します。

わたしは夫と、日頃からスキンシップはしますし、社会的にも夫婦関係を認められています。

お互いの仕事の愚痴や、子育ての喜びを語り合うなど、内面の会話ができています。

そういう意味で、夫との関係性においては全てが適切に進んでおり、満足しています。

 

関係性の問題が起きてる時って、この三つが不一致な時です。

どこかが進めば、他の二つも自然に進めたくなるけれど、進めない状況であることに葛藤を感じます。

セックスレスは、②③は満たされていても①が満たされない状況。

セフレは、①が満たされていても②が欠乏している状況。③を進めたくなるけれど、できない時葛藤します。

男性は、お金を出して①や③を一時期的に獲得している対処を取ることもあるんでしょうね。

風俗や水商売です。

そういう意味で、①を他の二つと切り離せるのかも。関係性の問題より、性欲の問題と、より個人的なものにシフトできるのかな。

不倫は…定義としては②はないけれど①はある状況ですね。

それに伴って、自然に③も深まるかな。

でも、こんなに深い関係であるのに、関係性は誰にも認知されめおらず、認められない関係であることに、ストレスを感じ、苦しいんです。

また、心理的にも深めていきたいけれど、制約がある関係だからこそ、我慢しなければいけないことが多く、それが苦しいのです。

 

自分のメンタルを保つためには、三つの進度を調整する方が良さそうですね。